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NO.1893 あかいくつはいてたおんなのこ
2014年04月23日 (水) | 編集 |
銅像に込められた赤い靴の少女の思い

赤い靴履いてた少女:実在した親子の悲しいお話
チワワ「あれは、なんだきゃ~ん?」

名前は岩崎きみさん
ママ(声)「♪赤い靴履いてた~女の子~~異人さんに連れられて~行っちゃった~。赤い靴を履いてた女の子だよ。」

かわいそう・・・
チワワ(声)「ぼくは、しらないきゃ~ん。」
ママ(声)「すごく悲しい親子のお話なんだよ。」

赤い靴履いてた女の子
野口雨情の詩になる童謡『赤い靴』をはいていた女の子にはモデルが存在した。 1904年(明治37年)7月15日静岡県清水市宮加三(旧二見村)に生まれた「岩崎きみ」がその子である。 「きみ」とその母「かよ」とは、故あって北海道に渡るが、この地で母はまだ2歳になったばかりのわが子をアメリカ人宣教師ヒュエット夫妻にその養育を託すさだめとなった。 やがて宣教師夫妻には母国への帰国が命ぜられるが、このとき「きみ」は不治の病におかされており、夫妻はやむなくこの幼子を孤児院(当時麻布十番にあった鳥居坂教会の孤児院)に残して旅立った。「きみ」はひとり癒えることのない病の床にあって相見ることも叶わぬ母を慕いながらわずか9歳の短い生涯を終えた。 いま、この女の子は、青山墓地の鳥居坂教会の共同墓地(東京六本木)に眠っている。一方、母「かよ」はそんな娘の死も知らないまま、「きみ」はヒュエット夫妻とアメリカに渡り、幸せに暮らしていると信じ、1948年(昭和23年)に「きみちゃん、ごめんね」の言葉を残して64歳で他界したという。赤い靴(叶わなかったアメリカでの暮らしを夢見て遠く海を見つめるように)銅像が1979年(昭和54年)に建った。(横浜の歴史情報サイト「タイムスリップよこはま」より)

靴だけ赤く塗って欲しかったかな?
チワワ「あかいくつなんか、はいてないきゃ~ん。」

帰宅後
・・・。
チワワ「このキティも、あかいくつをはいてないきゃ~ん・・・。あかは、かなしいいろなのきゃ~ん?」

この少女はとてもかわいそうな人生を送っていたんですね。でも病気と闘いながら一生懸命生きていたと、信じたいですね。

■ロケ地:山下公園(神奈川県横浜市中区)

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コメント
この記事へのコメント
赤い靴の唄は、知っていましたが
こんな可哀想な実話があったんですねー。
きみちゃんは、異国には行っていないのに
この歌詞は、そう思い込んでいたお母さんの話しを聞いて作られたのかしら。
2014/04/23(水) 09:39:02 | れいんぼうまうんてん[ 編集]
甲斐君へ
かわいそうな話じゃねーか。わしみたいな不良ジジイが長生きして、何の罪もない少女が死んじまうなんて。甲斐君、所帯を持ったら家族を大事にしろよ。家族ほどありがてえものはない。
2014/04/23(水) 09:46:01 | 瀬戸内米蔵[ 編集]
瀬戸内さんへ
あはは、言われなくても家族は大事にしますよ。

うちのオヤジみたいにはなりたくないですからね!
2014/04/23(水) 10:22:33 | カイト[ 編集]
ふぐふぐさん
山下公園にまだアイスを売ってるおばちゃんているのかな?
ボクはおばちゃんのアイスが、大好きだぜ。
ふぐふぐさんは、山下公園は好き?
2014/04/23(水) 12:42:01 | よしひろ[ 編集]
悲しい実話の女の子を、横浜ではグッズにして売っちゃうんだよね。
2014/04/23(水) 17:55:47 | ボンかま[ 編集]
知りませんでした。
私はこの歌の歌詞を「赤い靴はいてた女の子 好い爺さんにつれられていっちゃた♪」と子供のころ覚えていました。

悪い爺さんじゃなくて良かったと思っていたのですが、苦労をした女の子だったんですね(;_;
2014/04/23(水) 18:43:02 | モネ[ 編集]
凄い楽しい思い出は、ないぜっ

嫌いでもないけどねっ

2014/04/23(水) 19:31:49 | ふぐふぐ[ 編集]
赤い靴だけ?赤い手袋は?体側の線が細くなって、マスクの色も明るくなってさ・・・そういう話はダメですか???
そういえば、今の劇場版でも「お見せしよう」なんて言ってましたなぁ~♪
2014/04/23(水) 23:23:50 | オギャン[ 編集]
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